Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

例えばこの世に神は居たとして

例えば、この世界に神様なんてものが居たとしよう。そして、その神は告げる、

あなたの幸福度は 200 です

などと。そのときに、「うるせぇバカ」と言える人ってどれほど居るのだろう。そして僕は「うるせぇバカ」って言える側の人間で居られるのだろうか、居続けられるだろうか。

そんなことを不意に考えた。


本屋で本を眺めて居た。

日本はすごい、日本はダメ、あの政権が日本を破壊する、などなど。

誰かがこの本を買って読むんだろう、その誰かはきっと日本や政治になんらかの関心を持っていて、嘆いたり何かに反発したりしている。

それは時に言葉になり、言葉の暴力になることさえあって、毎日一度は見る誰かの罵詈雑言のタネになっている。そしてまた僕は無関心を装おうと誓う。

何かを悪いという、何かを良いという。でも実際には良いとか悪いとかそんな簡単に割り切れるものでもなくて、僕には難しすぎる。

誰もがみんな問題を抱えて居て、それはあなたが怒って居る対象も、礼賛している対象でも例外ではないのに、余裕がなくて自分の正義を振りかざしてしまう。

自分の幸せを、自分で決めることのできない人に、自分の幸せを他者と比較することでしか認知できない人に、一体何ができるのだろう。

罪のない人を殺す正義に今日も憤りを覚える。

神様が幸せを量ってくれたら、自分の幸せを絶対的な量で量ることができたら、この息苦しい他者の幸福監視社会も少しは救われるかな。

そしてきっと、幸福でなければならない世界が始まるんだ。それってすごくワクワクすることじゃないかな。


そんなことを思いながら買い物をしていたらいつもより多く食材を買ってしまった。夏期休暇は自炊を少ししようと思う。

自分の幸せは、自分で考えたい。自分の幸せは、自分で決めたい。

定量的に量れる指標を安易な比較をする連中の、振りかざす正義に価値なぞ感じない。

人間ごときに、価値を推し量ることなど無理なのだ。