Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

手紙

前書き

ある記事に触発されてどうしても、書きたくなりました。こういうのを「創作意欲」というんでしょうか。

読みたい人は、どうぞ。


6年前のあなたへ

あなたに手紙を書くのは、これが最後のことかなと思っています。文章を書くためにボールペンを持ったのはもう数年ぶりじゃないかと思います。いや、きっと前にあなたへ手紙を書き、そして届かなかった時以来かもしれません。

あなたは私のことを覚えてらっしゃるでしょうか。覚えていて欲しいような、忘れていて欲しいような、そんな気持ちです。

私はあなたが好きでした。いえ、愛していました、心から。

雨の中、傘を電車の中に忘れ、運悪く駅から自宅までの間ににわか雨が降り出し、濡れながら一人歩いていた日がありました。そんなときに、あなたは車の中から声をかけてくれ、私を家まで車で送ってくれましたね。あのとき、私にはあなたが太陽のように見えました。私が後日そのお礼にとひまわりの刺繍が入ったハンカチをプレゼントしたのでした。センスがないと思われたかもしれませんが、私なりの精一杯でした。ただ、季節はずれで実は手に入れるのに結構苦労しました。いつか、伝えようと思っていたのです。

あなたは私以外にもたくさんの人と話していたし、いろんな人と交流があったのでしょう。結婚すると聞いたときも、大して驚きませんでした。私が知らない女性で、私が知らないことがきっかけで付き合いはじめ、私が知らない場所でプロポーズをしたのでしょう。私は今もあなたの奥様の顔も名前も知りません。知る気もありません。

でも、奥様の存在を知ってから、私はあなたとちゃんと話すことができなくなってしまいました。その瞳に見つめられると、吸い込まれてしまいそうで、思わず伝えてはいけないことを伝えてしまいそうで……

だから私はあなたから離れることにしました。それが6年前のこと、ちょうど年末で、親の病気などもあり都合が良かったのです。ですが、この行為で傷ついたのは他ならぬ私自身でした。少しでも暇があればあなたのことを思い出し、油断すると涙が溢れそうになり、あなたを想い続ける苦しみとあなたを忘れる苦しみが両方同時に襲って来て、来る日も来る日も訳も分からず泣き続けていました。

そんな日が1ヶ月ほど続いたでしょうか、私は疲れ果ててしまったのか、全く泣けなくなりました。というより、心がなくなってしまったようでした。悲しみ、喜び、怒り、そういう感情が自分の中から全て出尽くしてしまったようで、3年前に父が死んだときでさえうまく泣けませんでした。

おかげで私はこの6年間、誰のことも好きになれず、誰とも仲良くなれず、誰にも本音を言えない、寂しい人になりました。

そんな折、私はある一報を耳にしました。それはたまたま私の実家の近くに、6年前の同僚が遊びに来てくれたときでした。

あなたが亡くなったと聞きました。 5年前の震災で。

それ以外に何を話したのか、私にはほとんど記憶がありません。ただ、子供はおらず、奥様はひとり残されてしまったと聞いた記憶があります。

6年間、忘れていた感情が息を吹き返したようでした。私はその同僚と別れたあとどうやって帰ったのか記憶にありません。車を運転して実家に帰ったときに、母の目もはばからず泣き喚いたいたそうです。正直、あまり記憶にないのですが、母には私のそんな顔は初めて見たと言われました。

私の悲しみは、あなたが亡くなったことに対してではありません。今まで書いたことを全て否定するようですがそうではありません。私は、あなたを愛しています、きっと今でも。

だから、私はあなたから逃げなければ、あなたの死をすぐさま知ることがあれば、あなたの葬儀へ行き泣いたでしょう。あくまでも、親しかった仕事仲間としての涙を。私にとっては愛する人を失った涙ですが、それは私のエゴです。

でも現実には、私はあなたから逃げてしまった。そして私はとうとうこの5年間あなたが死んだと知るまであなたの為に泣くことさえできなかった。私にはそれが、どうしようもなく悲しいのです。

あなたは私のために微笑んでくれました。その度に私は嬉しくなり、どこか救われた心地がしました。でも私は、今の私はあなたしか愛していないのに、あなたの死を弔うことも、泣くこともできなかった。。

悲しみという言葉で隠していますが、より正確に表現すれば嫉妬です。私はあなたの奥様の立場がとても羨ましい。私はあなたを愛していたのに、あなたの死には一滴も涙を流せなかったのに、奥様は(お会いしたことはないのですが)その立場だけであなたのために泣くことができる。あなたを愛した女として、あなたを失った女として。

私だって、あなたを失ったのに。

そんな気持ちをあなたに伝えたくて書きはじめたわけではないのですが、書いてしまいました。この手紙はあなたに届くことはないという慢心がそうさせるのかもしれません。

これ以上あなたに醜い私を見せたくないので、そろそろ書くのをやめようかと思います。

私の愛は誰にも受け取られることはなかったけれど、私はあなたに会えて、幸せでした。本当にありがとう。


「どうしたの」

娘が私に聞く。私は昔書いた手紙を読んでいた。

送る場所のない手紙。もう行き場のない手紙。

「サンタさんにお手紙書いてたの、由美のプレゼントをちゃんと届けてくれますように、って。」

「ほんと!?ねぇねぇなんて書いたの見せて!」

「だーめ、サンタさんへのお手紙は子供に見せちゃダメっていうのがルールなの」

「えー」

「ルールを破った子にはプレゼントは贈らないって言われているから、我慢してね」

「……はぁい」

由美はそう返事をして、部屋を出て行く。

この手紙を書いて、もう5年になる。最後のほうは絶対に伝えたくないことまで書いていて本当にひどいと思う。

私はこの手紙を書いてから、どこか吹っ切れて、心が少しずつ動き始め、色のない寂しかった毎日が少しずつ変わっていった。

ここに書いている「あなた」への想いは、完全に忘れてしまったとは言わないけれど、思い出しても角が立たない、何かいい思い出みたいなものになっている。私が5年前に書いた手紙があなたへは届かなかったかもしれないけれど、私が「想い」を「思い出」にするのには役に立ったようだった。

いつも通りに折って封筒に入れた。宛名も差出人も書いていない。どこに送るつもりはないからだ。

「ただいまー」

旦那が帰って来た。晩御飯の支度をしなくては。

「おかえりー」

私は大きな声を出し、思い出に浸り続けようとする思考を追い出す。

愛する人のために泣き、笑える喜びを噛み締めながら。

あとがき

僕はいつもこう思っています。

どんな形の恋愛であれ、なるたけ幸せな結末を迎えてほしい、と。

その恋愛が純愛と呼ばれようと、浮気や不倫と呼ばれようと、誰かが誰かを愛す気持ちに嘘偽りのない限り。