Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

たとえば、君が僕を好きだったとして、だ。

ロックグラスにすっぽりはまるように削られた氷が、少し溶けて音を鳴らした。注いでもらったばかりだが、もう半分以上飲んでいる。今日はペースが早いことから自分がイライラしていることを自覚する。

右隣のおばあさんがウイスキーを飲みながら、右の男性、つまり僕からみてふたつ右に隣の男性に絡んでいた。そのさらに右では、マスターが面倒な客に捕まっている様子だった。このバーに来るのは三回目な僕はまだ名乗ってもいないし顔をだれにも覚えられていない、と思う。覚えているかどうかは他の人間には判断ができない。覚えているフリも忘れているフリもできる。

一人になるために僕はよくバーに来る。一人暮らしだが、自分で住んでいて快適とは思えない。快適なひとりになれる空間で酒が飲める場所、僕が知る限りはバーしかなかった。

失礼します、と声をがして、水が入っていたグラスが視界の外に出た。バーテン見習いの若者が水のおかわりをくれるようだ。

タバコを持ってこればよかった、僕はバーにくるといつもそう思う。滅多に吸わないが、ストレス解消にたまに吸っていた。こんなときこそ、何も考えないで一服したい。バーでタバコを販売したら酒よりも売れるんじゃないか、と根拠のない暴論を展開し始める。

あぁ、また違うことを考えていた。

もう一度あの課題に戻らないといけないのだろうか。考えたくないことを考えないといけないからイライラしていて酒の進みが早いのかともう一度必要のない自覚をした。そう、この必要のない自覚を既にこの店に来てから 5 回はしている。

「何かもう一杯飲まれますか?」

いつの間にかロックを飲み干していたようで、水をくれた若者に声をかけられた。

「グレンリベットをロックで」

「かしこまりました」

若者はマスターへ耳打ちをしに行った。グレンリベットを頼んだ自分に気づき、自分は帰りたいのだろうかと自問する。


「悩みごとでもあるんですか」

声をかけられたことに気づくのに 5 秒はかかった。顔をあげると、さっきまで反対側の男に絡んでいたおばあちゃんだった。反対側の男はいつの間にか帰ったらしい。それどころかマスターに絡んでいた客もいなくなって、カウンターには僕とおばあちゃんしかいなかった。

「えぇ、まぁ」

「そうですか、まぁお若い方ですし悩みもありますよね」

何気ない、世間話の始まり。バーのカウンターではたまにこういうことがあるし、僕は慣れてはいないが経験したことはある。

「中身までは聞きませんけど、あなたならきっと大丈夫ですよ」

「え?」

「マスター、チェックを」

マスターは、ありがとうございますと言うと奥のレジでいろいろ作業を始めた。

「どんな時でも、飲みたい酒を自分で選べる男で、失敗した人をわたしは見たことない」

そういっておばあちゃんは笑ってお金を払って帰っていった。

僕は今日飲んだ酒を思い出す。最初はビールと飯もまだだったからベーコンステーキを頼んだな。次に、イライラしてたからキツイのが飲みたいなと思ってキルホーマンか。そして最後にグレンリベットか。

そんなもんかなぁ、僕としてはいつもどおり飲んだだけな気がするが。というかあの人はいつから僕が飲んだ酒を見ていたんだろう。

グレンリベットを飲みながら、少しだけ僕はおばあちゃんのこと考えた。だが、いつの間にか忘れ、別の思考に集中した。

例えば、そう、君が仮に僕のことを好きだったとしても……僕は救われない。それが僕の運命だった。僕はそれを忘れたくて酒を飲んでいた。

「すいません、チェックを」

お金を払い外に出る頃には、なんとなくすべてを受け入れられたような気がしていた。誰かが勇気づけてくれたのかもしれないが、何がきっかけだったのかはもう思い出せなかった。