Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

「諦めず、最後までこの国を見捨てずにやろう。」 シン・ゴジラに感動し感謝したわけ。

話題になっているシン・ゴジラ、私自身 3 度映画館に足を運んだし大好きなのだけれど、少し記事にすることを躊躇っていた。しかしやはり書きたくなってきたので書く。

今回は記憶を頼り/に言いたいことを言い続けるので、以下鑑賞していない方は見ないほうが無難です。また、IMAX 版を見ていなければ今日明日のうちに駆け込みましょう。 8/10 までのはずです。IMAX 見れなくても映画館でみましょう。まだ 1 回しか見ていない方は 2 回目も見ましょう。



察するに、東宝も賭けに出たのでしょうか、この映画に覚悟みたいなものを感じました。目先の金儲けにとらわれず、良い作品を作り、それに観客がついてくるというのサイクルが今後の映画業界を支えていくうえでも重要なことだと信じたいです。この作品は、製作途中で監督たちがそんなことを考えていたとは思えませんが、良い作品を作りたいんだという熱意を感じました。まずはその熱意と実行力に、拍手、そして感謝。

そして、私は私なりにあなたがたが放ったこの作品、シン・ゴジラを十分すぎるほど楽しみました。これを映画館で見れるなんて私は幸せだと思います。映画は残念ながら、生まれるタイミングが悪いとどんな名作もなかなか映画館で見る機会を得られません。私は生まれるのが遅いのと、家族に映画への理解があまりなく、映画館で見られたことを誇れる映画は「千と千尋の神隠し」くらいのものです。そんな私でしたが運良く新たに「シン・ゴジラ」を追加することができました。私は本当に幸せ者です。

私にとっては初の怪獣映画

そもそも、考えてみると私は怪獣映画を見たことがない。オマージュしたと言われているいわゆる初代「ゴジラ」さえも私は見ていない。だからこれまでのゴジラとここが同じだとか、ここは違うとかいった評論は全然わからないし自分もそういう感想は書けない(当たり前である)。しかし、シン・ゴジラは単なる怪獣映画ではないしこれまでの系譜以外にも見るべきものがたくさんあるのだという言い訳をした上で、私なりにいろいろ書いてみることにした。

あらかじめ言っておく。私のように今までゴジラなり怪獣映画なりパニック映画なりに興味が持てなかった人も、今回の作品「シン・ゴジラ」は見るべきだ。本当に素晴らしい映画だ。もちろん欠点はあるが、最初から最後まで楽しめること請負だ。もしも見ていないなら、見に行ったほうが良い。

演技について

まずは豪華キャストによる惚れ惚れするような演技の話から始めよう。どうしても内容に触れざるを得ないので、ネタバレがお嫌いな方は何かしらの形でこの記事を読まないように。

全体的な話

顔は知っている俳優しか出ていなくて驚くくらいの豪華キャスト。どれほど豪華キャストなのかは私には説明できないほどの豪華キャストである。もちろんどなたも名演技なのだが、まずは映画全体における傾向について書いていこう。

テンポがよすぎるのを支える役者の「早口」

セリフが全部は聞き取れないくらいの量。全員が早口。これは本当に政治家なのかってくらい全員が早口。しかしそのおかげでものすごくテンポがよく飽きさせない映画になっている。支えている役者が見事。

書ききれないので、気に入ったキャラクタと、これに触れないわけにはいかないというキャラクタには触れておく。

矢口蘭堂(長谷川博己)

主人公、矢口。政界には敵と味方しかいなくてシンプルで性に合っているらしい。

「凄い、まるで進化だ」

最初に上陸したゴジラが二足歩行をした瞬間の映像を見ていた矢口の、思わず出てしまった感嘆の声である。このたった一言、内容だけ読むと笑ってしまいそうな一言だが、吸い込まれるような演技をする。次もこのタイプのセリフである。

「あれが、ゴジラか」

そうこれまた一言。初めて肉眼でゴジラを見たときの矢口の一言。自分の敵を直接目で見たときの一言。これも陳腐なセリフだが、しかしその演技からはあらゆる思いがこみ上げているのがわかる。

目を閉じ、祈る矢口。

矢口だけでなく全員が国民の生活を守ろうと努力していることはわかる。しかし完璧にはできない、犠牲者や被害者が出てしまう。その犠牲者に対し、祈るシーンがある。最初の上陸の被災地を見た時と、ヤシオリ作戦中にゴジラの熱戦で小隊が全滅するシーンである。

矢口のことがよく分かる演技だ。

赤坂補佐官(竹野内豊)

矢口の上司。赤坂さん、なんかうまいこと乗っかっているだけの人な気がして最初はぼくの中ではあまり評価高くなかったのだけど、コレはちょっと書かないといけないという思いがある。

核兵器の使用を認めたくない赤坂

国連という名のもとに米軍が熱核兵器を東京に落とすと脅してくる。その要求を受け入れ、部下や矢口の前では毅然とした態度を見せる赤坂。しかし、里見総理大臣代理の前で見せた顔は悲痛そのものだった。

矢口の前では

ゴジラの脅威を排除したあとのことも考えるのが私の仕事だ」
「日本には復興のために国際社会からの融資と同情が必要なんだ」

などと言うのだが、よく聞いてみると声が震えている気がする。これは僕の気のせいかもしれないけれど、本心ではないことが実はわかる。しかし自分の権限、日本という国の立場としては「そのようにせざるを得ない」と自身を納得させているシーンでもある。

米国からの指示を受けた部下からの非難を受けているシーンで

「たとえここがニューヨークであっても、彼らは同じ決断をするそうだ」

この一言。しかし、矢口プラン(仮称)を実施するか、否かの総理大臣代理に許可を求めているシーンで、矢口プラン実施を促すのもまた赤坂なのだ。

「総理、そろそろ好きにされたらどうですか」

みんな、この国を諦めていない。熱核兵器を日本にみたびと落としたくはない。そして矢口の計画を成功させ、日本を救いたいのだ。

赤坂はこのシン・ゴジラの舞台であまり表舞台には立たないが重要な立役者だ。そして、その演技が素晴らしい。最後のシメのセリフは「お前が言うなよ」感があるけれど、赤坂なくして矢口プランの実施と成功はなかっただろう。

カヨコ・アン・パターソン(石原さとみ)

英語がうまい。そしてどんどん矢口にデレていくのが非常に良い。最初はすごく高圧的な態度で日本に接しているのが、次第に態度がやわらかくなっていくのがわかる。これは何度か見て実感して欲しい。矢口の初対面の時と、最後に矢口と話すシーンで日本語の発音が全然違う。日本人が日本語がうまく喋れない人を演じているという点でもすごい。きっとカヨコは裏で矢口と会話するためにめっちゃ日本語を勉強したんだろうと妄想が膨らむ。

どうでもいいけど、石原さとみさん英語がうますぎてひく。

花森防衛大臣(余貴美子)

(日米安保に頼る前に)「日本政府と自衛隊がまず動くべきだ」とか、「不本意ながら、米軍への協力を要請しましょう」などかなり好戦的な人物。作戦失敗時に机に拳を叩きつけるなど、本当にこの人が防衛大臣で大丈夫なのかと少し思わされる。しかし、それを補ってあまりある自衛隊指揮の冷静さと総理大臣および関係閣僚があるので大丈夫なのだろうと思う。

「いざとなったら徹底的にやれ」

とても防衛大臣のセリフとは思えないが、自衛隊を信頼している証のようにも思える。

演技はこれくらいにしておこう。本当は尾頭さんの話をしたいけどきっと誰かが僕の代わりにしているだろう。

PC

映画の中に PC が一社しか現れないことがよくある。しかしこの映画では役所の人たちは Let's Note(Panasonic), 研究員は MacBook といった風に使い分けられている。役柄で使う PC が変わるっていうのは普通だけど、その普通っていうのは案外スポンサーやらなんやらの関係でできない。しかしシン・ゴジラではできた。

音楽

音楽は素晴らしいの一言。サウンドトラックを買おうか……と考えている。過去の音楽はあまり知らないのでこの件については少し発言を控える。

他の細かい所

Twitter に書いたのでいくつか紹介。

結局東京に現れた「ゴジラ」とはなんだったのか

ゴジラ」は何を表しているのか。東京にやってきて災厄をもたらしたゴジラは、何を表しているのか。おそらく諸説あるだろうが私なりの解釈を述べる。

ゴジラ地震のような自然災害や、戦争のような非常事態の象徴である。

ゴジラは自然災害でもあり人災でもある。地震のように家屋が崩れたり人々が倒れると同時に、放射線を撒き散らす存在でもある。この映画は、こうした非常事態、想定外の事態と呼ばれる上級に見舞われた時、日本という国はどのように動くのかを描いた映画だ。

日本に何かしらの(自然災害に限らず)非常事態に見舞われた時、日本と言う国がどう動くのか、どのようなシステムのもとにこの国は成り立っているのかを(仮想の災害である)「ゴジラ」を通して描いている。その中で一生懸命に自分の仕事を果たす人たちを描いているのだ。

演出する必要のない「感動」

この節は余談である。

持論だが、感動は演出する必要などないのだ。おそらく多くの人は一生懸命にやっている姿に何かしらの共感を抱くことで感動をする。努力のあとが見られない成功に誰も感動などしない。この映画は努力の課程を描いただけだ。だが、それこそが人の心を震わせるもっとも最も普遍的な部分だ。

安易に象徴的なエピソードを作り、それをていねいに描写することで涙を誘うなんてやり方は、もはや当たり前になってしまった。むしろこの映画のように一歩々々続けてきた努力の軌跡をひとつひとつ丁寧に描写し、積み上げていくことでこの映画は感動を作る、これが本来やるべきことで、未来永劫普遍的な、飽きられない映画づくりなのではないかと僕は思う。

「この国を見捨てない」

つまり「ゴジラ」はあくまでも日本の障害のひとつに過ぎない。ひょっとしたら現実にゴジラ以上の脅威が東京に、日本に降り掛かってくるかもしれない。しかし、何が起きてもこの国を諦めない人たちがいることをこの映画は教えてくれる。

「諦めず、最後までこの国を見捨てずにやろう」

諦めない、見捨てない、好きなようにやる、それを実現するシステムと人材がある。それが日本だ。

総評

あまりゴジラの謎みたいな部分は敢えて触れない感想にした。自分はそういう部分を考える趣味はあまりない。あと、陸上自衛隊航空自衛隊も活躍するがそれも僕はあまり詳しくないので避けた。しかし何も知らない僕でもすごく詳細に演出していたことはわかった。

もう一度言うが、この映画は単なる怪獣映画でもパニック映画でもない。「シン・ゴジラ」は政治、政治家や完了、日本の防衛システム、民主主義にまで踏み込み描いたまさしく「日本 対 ゴジラ」の総力戦である。国とゴジラとの戦争であり、日本と米国の戦争であり、国連と日本との戦争もついでに描いてしまった巨大スケールの映画である。ぜひ映画館へ足を運んで欲しい。

既に見た方、 IMAX 版を見ていなければ今日明日のうちに駆け込みましょう。

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ

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シン・ゴジラ音楽集

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