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Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

俺も昔はテレビっ子だったんだ、俺も昔はな……

昔は僕もテレビっ子だった。今じゃ信じられない。私の父親はテレビっ子で現在もそうで、今でもクールが変わるごとに見たい連続ドラマは必ずチェックして、二時間のシリーズ物は録画をしてでも全部みている。僕の子供のころは夕食時にテレビがついていない状態で食べた記憶がほとんどない。*1

ではなぜ僕は変わったのだろうか。少し過去を振り返ってみる。


高校生のとき

思えば高校生のときから、より正確に言えば受験勉強を始めた頃、テレビを見る時間が激減した。これは勉強時間の増大もあるけれど、何より家に帰るのが遅くなった。今はもっと遅いこともあるけれど、高校生のときから既に八時、九時になるまで勉強をしてから帰る生活をしていた。この頃から、曜日をテレビ番組で覚えることができなくなったように思う。

大学生のとき

大学一年生のときは、受験勉強が終わったんだから高校二年生までのようにテレビを見るようになると当時は漠然と思っていたのだけれど、結論としてはそうはならなかった。大学一年生くらいまではまだテレビという媒体が漠然と生活には組み込まれていたのだけれど、とうとう大学三年になるころにほぼ消滅した。生活の中で、テレビはあってもなくてもいいものに過ぎなくなった。正確には天気予報以外は必要ないと思うようになった。

理由

高校生のときの一度離れた習慣が結局戻らなかった。

案外、一度失った習慣は簡単にはもとには戻らない。仮に定着していた習慣であっても。思えば、受験勉強をしていたころは電車の中で英単語を覚える習慣だったのだけれど、そういうのも失ってしまった。テレビだけに限った話ではないようだ。

まわりにテレビを見る人がいない

本当にテレビのことが話題になることはまずない。というかそれ以外の話題でもたいていついていけないのだけれど、テレビの話題はそもそも出てこない。じゃあ何の話をしているのだろうか。

  • 普段の生活のこと
  • マンガ、小説など娯楽作品に関すること、趣味。
  • 数学
  • 大学に関すること
  • SNS での知り合いの話とか

など。別に自分がリア充だとは思っていないけれど、内輪で話す限りにおいて話題に欠くことはあまりない。つまり、テレビとか薄っぺらい架空の世界の話題をする必要もなくなっている。というか、テレビ以外に架空の話題はたくさんあって、それがツイッターだったりネット上に転がっているなにかだったりする。芸能界以外の面白い話題が既にあるということ。

薄っぺらい

やはり大学にいると、テレビが作っているコンテンツってすごく薄っぺらいと思う。過去の記事にも書いたけど、大学という場所には個々人の価値観を180度転換させるような価値のある情報であったり、知識であったり思考過程を身につけることができる。

hikaru515.hatenablog.com

こうした Exciting な環境にいて、テレビを面白いと感じるほうがむしろ無理。テレビから得られる情報だけでは何もわからない。*2世の中には「世界一受けたい授業」という番組があるんだけど、あれ見てもなんにもわからないし、たまに正しくないし本当に見る価値がない、と僕は思う。*3

まず事実として、この世にはたくさんの嘘や間違いがある。*4そうした嘘や間違い、誤解を「間違っている」と指摘できる人間が大学で講義をする人間なのであって、それはものすごい量の勉強や調査の経験からできること。普通の人間には嘘を嘘と見抜くことさえできない。
そして、そうした能力をもった教授(まさしくプロである)から指導を受け、自分の力で他人の言うことについて正しいかどうかを自分で確認する術を身につけるのが大学という場所のひとつの役割である。僕はたまたま数学科だから、数学を通して正しい知識を得る方法を学んでいるけれど、自分自身で正しいかどうかを見極める能力を得ることは、どの学部、学科、学問領域であっても学べることで、 21 世紀を生き抜くのに必要な能力だと思う。こうした能力は一朝一夕で身につくものではない。

話が脱線したけど、こうした能力はテレビを見ていても絶対に身につかない。*5理由は、テレビは深く踏み込んだ知識などを得る機会に値しない。これには様々な構造的な問題があるので面倒だから書かないけれど、要するにごく一部の例外を除き既存の価値観を転換させるような知識や思考過程はテレビを見ていても得られない。

趣味が変わった

最近、固有名詞は出さないけれど、ある番組で猿顔の男性芸能人が集まって猿っぽい行動をするという企画を放送している番組があった。午後八時台の番組である。
仕事内容を告げられずに連れてこられた人がいたりした。まず、それって仕事として大丈夫なの? と思う。通常仕事というのは内容に同意したうえで契約が成立するものではないのだろうか。芸能人は特別?人間なのに?
他にも猿の真似をしている芸能人を見ていて、なんというか仕事だからって公共の電波で人に馬鹿にされるような行動をしなければならないのかと悲しい気持ちになって見るのをやめた。別にこの番組の批判をしたいわけではない、僕にとっては面白くなかったので見るのをやめたが、他の人にとって面白いのであれば全然それでいい。嫌なら見るなの原則である。

僕は、小学生のときだったら何も考えないで笑っていたかもしれないとも思う。つまり、過去に見ていた番組もいつの間にか趣味が変わって好きではなくなっていた。楽しかったものが今は楽しくない。とういうことで、これは古いゲームを発掘して久々に起動してみたけど、昔面白かったからといっても今やってもあんまり面白くないのと同じこと。

まとめ

とりとめもなく思ったことを書いた。もうテレビっ子じゃなくなったのはテレビのせいなのかぼくの生活の変化なのかはたまた両方なのか、今となってはよくわからない。昔テレビっ子だったことについて特に思うこともないんだが、強いて言えば「俺が好きだったフジテレビを返せ」って気持ちだけはずっと持ち続けている。

大事なことだからもう一回言おう。

俺が好きだったフジテレビを返せ。

今後について

最近、毎日更新はわりとつらいということに気づいたので、更新曜日を固定しようかと考えています。もちろん、余裕がないとそもそもその固定した曜日にさえ更新ができない可能性はあるんですが。とりあえず日曜日と木曜日に更新に固定しようかなと思っています。次の日曜辺りから始めようと思っています。まだ未確定ですが。

*1:最近はたまにある。

*2:世の中の人の多くは、正しい知識を得る、知識を深めることに価値を感じないという話を聞いた気もするが、本当なのだろうか。だとしたら、テレビが薄っぺらいコンテンツであるということにはご賛同いただけないかもしれない。

*3:といってもここ半年は番組が続いているかどうかさえ知らない。

*4:数学でもいろいろあるけれど、まぁおいておこう。

*5:一応言っておくが、一般の人が書いているブログなりネットニュースなりを読んでいても身につかないものである。