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Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

セッション

セッション - 今年最も "疲れる" 映画として話題らしい. 私は小さな劇場をあとにする際にこの映画を観たほとんどの人と同じ感想を持った. すなわち, 「疲れた...」 と. いや, 疲れたなどという日本語では少し足りない気がするので少々気恥ずかしいが, "I'm exhausted to see this movie." といったところか.

さて, そのセッションを紐解いていこう.

なお作中で出てきた固有名詞はなかなか覚えられないので, 名前はカタカナ表記だし大学名などを出さないことをお許しいただきたい… 私は映画を一度だけ観て, その勢いで感想を書くのが好きなのだ.

あらすじ

舞台は全米屈指の音楽科の大学…主人公の学生, アンドリュー・ニーマン (マイルズ・テラー) はフィッチャー教授 (J.K.シモンズ) の目にとまり, 彼の受け持つスタジオバンドのドラマーとして練習することになった. フィッチャー教授は尋常ではないスパルタ指導をされる先生で, 音が乱れるとスタジオに怒鳴り声が響く. 悔しさをバネに文字通り血の滲むような努力を繰り返し, スタジオバンドの主奏者になることをだけを目標にニーマンは努力を積み重ねていく…

みどころ, 感想

音 音 音

率直に言おう. この映画は劇場で観たほうがいい. もし劇場で観られる可能性が少しでもあるのであれば DVD よりも劇場で鑑賞しよう. そして音を, バンドを, ニーマンの血を流しながら演奏するドラムを, フィッチャーの怒鳴り声を劇場で聞いていただきたい. 耳が痛み, 冷や汗をかくだろう. それほどこの映画には何よりも音が重要なのだ.

教育指導

この映画にはひとつ普遍的なテーマがあって, 音楽より前に実は教育がひとつのテーマになっている. フィッチャーの教育は, 確かにスターを養成するにはある程度は必要なのかもしれない. 彼は生ぬるい最近の Jazz 奏者たちに, 辟易としつつ「Jazz が死ぬわけだ」 とぼやく. 高みを追い詰めようと自分を追い込み, 演奏を究めようとする心意気と, 何事にも挫折しない根性のある人をスターとして育てるための教育はスパルタ式しかないのだと. そんな教育を受けず, 良くもない演奏を "Good job!!" とほめられてやってきた半人前がプロを名乗る, と.

主人公は言う. 「でもあなたの教育のせいで, スターになれるはずの人が挫折してしまうのかもしれないのですよ」 と.

おそらくこの言い分はどちらも正しい. そしてこの問題はおそらく "プロフェッショナル" を養成することが肝要な業界全てにおける普遍的な問題であろう.(数学でもそうなのだがここではその話は深入りしない.) このフィッチャーの言い分が正しいと思うだろうか, 間違っていると思うだろうか. この問の答えは映画が出すタイプのものではない. だが, あなたが自分自身を何かしらの "プロフェッショナル" になりたいと思った時, この問はおそらく重要な問であり, この問題が解決できたらあなたはプロになれるだろう.

教育は指導する側, される側双方の合意や共通認識がある状態で始めないと失敗する. この映画はそうした教訓も与えてくれる.

音楽を愛する男たち

一方で, 教育だけがテーマではない. この映画はひたむきに音楽と向き合い, 心から音楽を愛し, 学生(教師)である前に, 人間である前に, 音楽家であった男の物語である. この映画を観た人は, 2人の男の音楽家としての生き様を, 耳で, 身体で, 心で, 聴いてほしい.

私は, 2 人の最高のセッションに聞き惚れた. この映画は最高だ. 観ないなんてあまりにもったいない, もし可能であれば劇場に明日にでも足を運んでいただきたい.

初回分

かなりいい映画からこのブログを始めることができて結構満足している. 私は, 観た人と最後のシーンについて語りたいが, ネタバレは避けようと思う. これはこのブログの共通の趣旨というわけではなく, なんとなく今回はネタバレしないほうがいい気がするというだけである. しかし楽しい. 日常を忘れて映画に没頭する, そんな幸せを享受できる現在にバンザイしたい.