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Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

賭ケグルイ

僕はイカサマの話が結構好きだ。自分はギャンブルなどしないのだが、「よくこんなこと考えるな」というイカサマとか、強気のギャンブルとか見ているのは楽しい。自分がその場にいないから気楽でいる、ということは否定しない。

ということで、書店で目立つところにおいてあった*1賭ケグルイ』というマンガを買ってみた。

*1:アニメ化が決まっているらしい。

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携帯をなくしたので機種変更したら端末が増えた

コトのあらまし

土曜日の夜から日付が変わるころまで飲み続けていた。どれだけ飲んだのかよく覚えていないのだが、ものすごく飲んだことだけはよくわかる。さすがの僕も反省するほどには飲んだ。

どうしてこれほどまでに飲んでしまったのかを反省するのはこのブログ記事の目的ではなく、僕がここに書きたいのは飲み過ぎたせいで携帯をなくしてしまった話、である。

まず、断っておくが僕は超がつくほどの小心者で、財布はカバンやポッケの中にあると 5 分おきくらいに存在を確認してしまう。あまりにも頻繁かつ定期的に確認するので、 cron で設定したんじゃないかと思うことがある(ない)。だから携帯電話を落としたことも今までなかった*1。だから携帯を落とした時にとりあえずどうすればいいのかわからなかったので、仕方なくソフトバンクへ行った。

*1:財布は現在も記録を保持しているが、この調子だと近いうちに失敗するかもしれない。

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卑下を否定するという時間の無駄

タイトルのとおりである。余計なことを言うなと言いたい。

「まだ若いんだから」、で済ませればいいのに「まだ若いんだから。あたしはもう若くないけど」というので、「いえいえ、そんなことないですよ」と返す必要が生じる。

時間の無駄である。その一言が無駄な会話を増やす。

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正確に話したからといって正確に伝わるとは限らない

当たり前のことをタイトルにした。

コミュニケーションは難しいとか、コミュ力がどうのこうのという。そもそも前提として相手に正しく伝える気があるのかという文章もこの世には存在する*1

コミュニケーションとは、互いに伝え合う、分かり合う気があって初めて成立するもので、様々な立場、異なる前提知識などを踏まえなるべく多くの人に伝える能力、それがコミュニケーション能力だろう。昔から広く使われている言葉としては、「相手の立場に立って考える」能力のことだ、と僕は思っているのだが、実際のところは知らない。

*1:もしかしたらこの文章もそうかもしれない。

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想像力でものを語る

想像力ってなんだろうかとよく考える。なぜ考えるのかというと、最近想像力が足りない人によく出会うからである。

僕は「三ヶ月後の自分が見ても文脈が分かるように記述をする」ように努力している。このブログも例外ではないので、未来の自分は想定読者の筆頭である。なぜ未来のことを考えながら書くかというと、記述する以上はその記事内で完結していなければならないと思うからである*1。なぜそのような発言をするにいたり、そこで何が話し合われ、そこで何が決まったのかを三ヶ月後の自分が読んでもわかるように書く。そうすれば、三ヶ月後の自分が、三ヶ月前の自分が何を考えてそのような会話や議論をしたのかなどを把握できるからである。

しかしこのように考える人は少数派なのか、会話はするがその会話の記録*2は一切取らない人もそれなりにいる。不思議でならなかったのだが、最近はどうやらそういう人たちは今の自分の行動が未来につながるという想像ができていないのではないか、と思うようになった。

*1:例外のメディアとしてツイッターがある。ツイッターはかなり文脈に依存した発言をするが、その他の媒体では基本的にひとつの発言、あるいはその周辺にまとまった発言で全文脈を包摂するようにしている。

*2:仕事の内容であっても、である。

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女性向けコンテンツを男性が楽しむことについて思うこと

この文章は、三ヶ月ほど前に書いたものを編集、加筆、修正したものです。

混乱のないように最初に書いておこう。筆者は男性である。身体的にも、精神的にも。

女性向けとか女性を意識したコンテンツというのは確実に存在している。漫画だと少女漫画とかレディコミとか呼ばれているもの。映画だとポスターとか見るとそういうものか否かって割と分かる。もちろん男性向けのコンテンツも存在するわけなのだけれど、男性向けのコンテンツを女性が楽しむことについてとやかく言う人はおそらくいない。女性がONE PIECEを読んでいるとか、BREACHを読んでいましたとか言っても少年漫画を女が読むんじゃないと怒るような人は多分いないだろう。女性が「かわいい女の子が好きだ」と言ってラブライブ!などを見ていてもこれまたとやかく言う人はいないだろう*1

しかし男性が少女漫画などに代表される女性向けコンテンツを見ること、レビューすることに関して私には抵抗がある。私は自分が少女漫画を買うのは少し恥ずかしいと思うし(多少なり慣れはしたが)、女性向けに作られた映画や漫画のレビューなどはできないと感じる。どのようなものを指しているかと言うと、例えば「薬指の標本」のような男性に囚われる女性を描いた作品であったり、「昼顔」*2のような風俗で働くと言う性的な経験を通じて自らを解放せしめる話であったり、若い男の子に恋をする三十路過ぎの恋愛ほぼ未経験女を描いた「きょうは会社休みます。」だったり、どうしようもない恋ばかりを描いた村山由佳の『アダルトエデュケーション』だったりする。こうした作品は私は好むし、女性の性に関する考え方などが垣間見えて私は面白いと思う。

*1:昔は女子がサッカーをしていると先生に怒られたなどと母親から聞いたことがある。今はそこまでのことは言われないんじゃないかと思うが、僕が世間知らずなだけかもしれない。

*2:上戸彩、斎藤工主演の連続ドラマではない。フランス映画である。

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いつかは僕も本を読めなくなる

年をとると集中力がなくなるという。本も映画も見えなくてワイドショーしか見えなくなるのだとTwitterで言っている人がいた。

私の親族に読書家と呼べそうな人はいない。僕は僕の家族の中ではかなり本を読むほうだが、それでも最近めっきり読まなくなった。父親は僕が生まれる前からワイドショーしか見ていなかった気がするが、よく思い出すと昔は今よりは新聞も映画も見ていた気がする。母親もたまに本屋に行って雑誌を読むくらいはしていた気がする。姉もいるが、正直わからない。だが昔よりはマンガの比重が大きいんじゃないかと思う。

学生の頃から、Twitterやらなんやらばかりしていて本を読んでいないとは思っていたが、あの頃はまだ体系的な文章や論理的な文章*1に触れる機会があった。著者が何年という時間をかけて紡ぎあげた本を、1ページが1週間かけても読めないという読書*2をしていたのであまりネックに思うことはなかった。

ところが、最近は二流(以下)の文章を流し読むという機会のほうが増えた。楽だが、それが自分の糧になっているのかと問われると疑問である。

*1:もっとキャッチーなフレーズを使うと、一流の文章である。

*2:という言葉が適切かは分からない。

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